Cat Fancy -After Party-

 水底から浮き上がるように、ゆっくりと意識が覚醒する。

 清潔なシーツの肌触りと、柔らかで心地よい温もり。珍しく熟睡できたという満足感にたゆたいながら、アンジェロはゆっくりと目を開けた。
 目に飛び込んできたのは、規則正しく上下する男の厚い胸板と、輝くような黄金の髪。

 ――――は?

 思わずぱちぱちと瞬きをして、自分が置かれている状況を確認する。
 抱きついている。――誰に? もちろん大佐だ。大佐以外ありえない。もしこれが大佐に似た別の誰かであろうものなら、今すぐ殺して自身も舌を噛み切らねばならない。
 では、大佐だったとして、なぜ?
 決まっている。共に休ませていただいたのだ。問題は、どうしてそうなったのかと、どこまでどうなったのかということだ。

 連邦軍から『強奪』――もとい、譲渡された《原石》が彗星のごとく宇宙を駆けたあの日から。アンジェロの魂はすっかりフロンタルに魅せられ、その目的の実現のためであれば我が身を捨てても惜しくはない、むしろ礎となりたい、という気持ちは日に日に膨れ上がっていった。
 フロンタルのために心と身体のすべてを捧げたい。そしてできれば、自分の心をフロンタルだけでいっぱいに満たしたい。
 今思えば、あれは憧れであり、同時に鮮烈な恋だった。常に傍へと付き従い、フロンタルの目的を実現するための作戦に身を投じる歓び。神々しく美しい姿を瞳に映し、涼しげだが深い響きの低音が鼓膜を震わせれば、同じだけ心の襞も震えた。
 「触れあいたい」という欲に自覚的になったのがいつだったのかは覚えていないが、はじめて唇を触れ合わせた時の溶けるような感覚は今も心に焼き付いている。
 それから何度もくちづけを交わし、戯れのように服の上から身体をなぞったこともあったが、アンジェロとフロンタルの関係はそこまでだった。――今は、まだ。

 シーツの感触が、自分が何も身に纏っていないことを否が応でも知らしめてくる。起きたばかりだというのに早鐘を打つ鼓動と、手のひらにじんわりとかいた汗。
 横で寝息を立てる美丈夫は、きちんと衣類を身に纏っている。考え込むアンジェロの眉間の皺はいっそう深くなった。なぜ自分だけ裸なのだ。状況がわからない。何より、昨日のことがよく思い出せない。これが一番まずい。
 とにかく何か着ようと、フロンタルを起こさぬようにそろりとベッドを抜けようとしたアンジェロは、ふいに伸びてきた逞しい腕に絡め取られて息を呑んだ。
 
「行くな」

 起き抜けだとわかる、少しかすれた低い声。おずおずと見上げれば、まだ少し眠そうな表情のフロンタルと目が合った。気恥ずかしさにたまらず視線を逸らす。頭上からフロンタルが微かに笑う気配がした。
「アンジェロ」
 甘く名前を呼ばれて、ちいさく「はい」と返事をする。できればフロンタルが目覚める前にベッドから抜けてしまいたかったが、こうなってしまっては仕方がない。
「おはようのキスを」
 ねだる言葉に覚悟を決めて、ほんの少しだけ身を起こした。どういう状況なのか、まったく把握できていないままだが、何にせよフロンタルの願いを聞かない選択肢はアンジェロにはない。
 横たわったフロンタルの上に覆いかぶさるような形で、触れるか触れないかの微かなキスを唇に落とす。ふ、とフロンタルの目尻に笑いが滲んだ。
「ひかえめだな。昨日はもっと」
「!?」
 昨日はもっと。――昨日はもっと、なんだ。何があった。
 焦りの色を乗せたアンジェロの瞳に、フロンタルはおや、と訝しげな表情を浮かべる。
「アンジェロ、昨日のことは」
 ――きた。きてしまった。どうしよう。
 内心で冷や汗をかきながら、アンジェロはフロンタルのどこまでも澄んだ蒼い瞳を見つめた。すべてを見透かす眼差しだ。ばれているかもしれない。
 でも、もしかしたら、初めて身体を溶け合わせた、かもしれないのだ。そうだった場合、それを覚えていない自分を百回殴っても足りないが、「覚えていません」なんて大佐に言えない、言えるわけがない!!
「も、もちろん、覚えております!」
 ――言ってしまった。行き当たりばったりなのは自分の悪いところだ。だがもうどうしようもない、このままなんとか乗り切るしかない。
 勢いよく答えたアンジェロに、フロンタルはふわりと柔らかな笑みを浮かべた。
「それはよかった。昨日のおまえは」
 ごくり、とアンジェロの喉が鳴る。
「とても愛らしかった。驚くほどに積極的で」
「!?」
 ――せ、積極的で、愛らしい!?
 これはあれだ。している。しかも、はしたなくも自分から仕掛け、媚態を見せて身体を繋いだ感じだ。最悪すぎる、どうして覚えていないのだ。酒でも飲んだのか!?
「そ、それは、その、」
「それに、柔らかくて心地よい感触だった」
「――――――!!」
 みるみるうちに頬が紅く染まる。感想が生々しい。
「あんなに可愛く鳴くとは知らなかったな」
「な、な、啼……」
 いったいどれだけあられもない嬌声を上げたというのだ。覚えのない痴態を赤裸々に語られ、アンジェロの目にじんわりと涙が滲む。恥ずかしさと、フロンタルの熱を覚えていない自分への不甲斐なさで憤死しそうだ。
 
 ……と、こらえきれないといったように笑い声をあげたフロンタルが、大きな手でアンジェロの尻を下からするりと撫であげた。
「ふぁ!?」
 唐突な愛撫にアンジェロの腰が小さく跳ねる。くすくすと笑うフロンタルの長い指先が、尾てい骨の上あたりをゆるゆるとさすった。
「うん、尻尾はなさそうだな」
「……は? 尻尾……??」
 きょとんとする顔には「何も覚えておりません」と書いてあるも同然だ。
 
 このあとアンジェロは、ひとしきりからかって満足したフロンタルから前日の真実を聞くことになる。
 「もちろん、今おまえが想像したようなことも、望むのならばいつでも」という甘い言葉を添えられて。

 その後ふたりがどうなったのかは、また、別の機会に。