泡沫の薔薇 -Side Frontal-

「あなたは! ……あなたは、シャア・アズナブルなんですか!」

 ジンネマンとマリーダによって連行されていく少年が、振り向きざまに放った一言。場の空気が一瞬緊張感を増し、背後の青年もまたチラリと自分に視線を向けたのを、男は肌で感じていた。

 シャア・アズナブル。ネオ・ジオン軍総帥として、そのカリスマで組織をまとめ、自らも地球に隕石を堕とすべく赤いモビルスーツで宇宙を駆けた、額に傷を持つ金髪碧眼の男。
 ——つまり『フル・フロンタル』だ。

 ダイクン派とザビ派、ふたつの勢力が角突き合わせる現在のネオ・ジオンにとって、『フロンタルがシャア・アズナブルである可能性が高いこと』『ミネバ・ラオ・ザビとフル・フロンタルは良好な関係であること』には絶対的な意味がある。だからこそ、フロンタルは自らがシャアで〝ある〟ことを決して否定せず、故にネオ・ジオンはサイド共栄圏構想を実現させるための『一枚岩ではなくとも目的を同一とする集団』たり得る……と考えている。
 フロンタルがシャア・アズナブルであることは、彼らにとって必要条件なのだ。
 ……そう、背後で激情を隠そうともしない、可憐で苛烈な紫の薔薇を除いては。

 RX−0《ユニコーンガンダム》……《シナンジュ》の兄弟機に乗ってこちらに銃口を向けてきた幼い少年は、戦場に出るには覚悟が足りず、素人にしては乗りこなせすぎていた、、、、、、、、、、。
 《ネェル・アーガマ》との通信で漏れ聞こえた声からも、アナハイム・エレクトロニクスのアルベルト・ビストがいたのは明らかで、ある程度の調整がされていたことは想像に難くないが、それにしてもフィットしすぎている。《原石スタイン》が〝強奪という名の譲渡〟を前提に、フロンタルに合わせてある程度調整されていたのを思い起こさせるくらいには。
 回答は得られなかったが、少年がビスト一族の関係者であることはほぼ疑いなく(血縁かどうかは置いておくとしても)、ならば訓練を受けたニュータイプ、もしくは強化人間くずれである可能性も高い。その上、ミネバと個人的な交流があるということであれば、下手をすればフロンタルとミネバの間に打ち込まれた楔ともなりかねない。

 ネオ・ジオンの分断を意味する事態はなんとしても避けねばならない。逆に少年——バナージ・リンクスをダイクン派に取り込むことができれば、それはダイクン派とザビ派の橋渡しになり、ネオ・ジオンをさらに強固な組織にするだろう。
 リスクとリターン、そのどちらをも見越して、フロンタルは全力でバナージ・リンクスを口説きにかかった。その結果がこれである。バナージと対峙している間は気にかける余裕がなかったが、正面の大きな扉が音を立てて閉まった今、室内へと静かに広がるのは、粘度の高い怒りと悋気の炎だ。

 ——まったくもって可愛らしい。

 ちらりと背後を伺えば、アンジェロは見られていることにも気づかぬ様子で眉間に皺を寄せている。くるくると表情を変えるところはフロンタルにとって好ましい部分だ。温度だけでなく湿度や触感も伴うような感情の波は、フロンタルの冷えた心を温め、空の器に生の歓びを注いでくれる。
 尊敬、信頼、献身、思慕、情欲……強い思惟はフロンタルの内側をゆったりと満たし、肌や粘膜の触れ合いによる交歓はフロンタルを《器》から《人》へと変える。想いに触れるのも肌に触れるのも心地よかったが、中でも嫉妬の感情は一際どろりと熱くて愛おしかった。
「ご機嫌ななめだな」
 椅子ごとくるりと回転し、肘掛けに頬杖をつきながら揶揄うように声をかけると、アンジェロの宝石のように煌めく瞳がはたとフロンタルを捉えた。すぐに決まり悪そうに視線をそらし、苦い表情で答えを返す。
「……普段と変わりません」
「そうかな?」
 そんな様子も愛らしくて仕方がないのだ。
 フロンタルを『シャア・アズナブル』ではなく、『フル・フロンタル』という男として慕い求めた、ただ一人の青年。唯一無二の特別な存在となってなお、可愛いヤキモチを焼く様子に思わず口元が緩む。

「……《ガンダム》の調査状況、確認してまいります」
 フロンタルから逃れようとするかのように、アンジェロは一礼して執務室の扉へと足を向けた。
 鮮やかな碧色の制服に包まれたしなやかな肢体がフロンタルの前を横切る。美しい姿勢と気品ある物腰を崩さないところに親衛隊長としての矜持が伺えたが、声高に不満を訴える靴音ばかりは隠しようがなかった。
「待て、アンジェロ」
 応接セットの横を抜けようとしたあたりで声をかけ、足の運びを止めさせる。振り返ったアンジェロは心を殺すかのような無表情で、フロンタルは思わず仮面の下の眉をひそめた。
 いままでも、例えば夜会に女性を同伴しなければならなかったり、数いるパトロンから過剰に身体的な接触を受けたりすることで、アンジェロが表情を曇らせたことは度々あった。そのたびにフロンタルは甘い言葉と唇で彼を宥めてきたのだったが、今回は少し様子がおかしい。
 低めの肘掛けに手をついて身を起こし、鋭い棘を纏った紫色の薔薇へと歩み寄る。軽く腰をかがめて、表情の伺えない白皙の美貌を覗き込んだ。
「いったい、何がそんなに気に入らない?」
 『彼』のやや不躾とも思える率直な態度、若さと恵まれた環境から来るであろう甘さ、そして対話における距離の近さ。不満は多々あったことだろうが、それにしてもアンジェロの表情は硬い。
 マスクを取って直接目を合わせるべきだったろうかという考えが一瞬頭をよぎったが、防眩フィルター越しでも視線は届いたようだった。逃れるように顔を背けたアンジェロの形の良い顎を捉え、くいと自分の方に向け直す。
「こちらを向きなさい」
 顔の向きを正されても、伏し目がちの瞳はフロンタルを真っ直ぐ見ようとはしない。
「……大佐がなさることで、わたしに不満など、なにも」
 抑えた表情の中、揺れる紫の瞳と震える唇から感情が溶ける。
 世界を変革するネオ・ジオン軍首魁の親衛隊隊長であり、プライベートを共有する恋人。プライドが高く扱いづらいと陰口を叩かれがちだが、やや融通がきかないと言えるほどに真面目で健気なアンジェロは、相反するふたつの立場のバランスを取るのにいつだって苦労している。親衛隊長モードのアンジェロを揶揄って慌てさせるのは、疲れた時のフロンタルの息抜きのひとつだ。
 ただ、たまにこうして拗れることがある。時間を置くと余計に感情の糸が絡まっていくということを、過去の経験からフロンタルは知っている。——今、解消してしまう方が良い。
 
「おまえは、嘘が下手だね」
 
 形の良い唇を指でひと撫でし、いつものようにそっと触れるだけのキスをした。柔らかな花びらのようなそれが微かに戦慄き、硬い表情が少しだけ緩むのを感じる。
 唇を離してから数秒の後にゆるりと瞼をあげたのは、抱える昏く熱い思惟が嘘のような、夢見る面持ちの清麗な天使。それが口を開こうとするのを制するかのように、フロンタルは滑らかなその頬を両手でそっと包んだ。
「……あ、あの、」
 戸惑った表情のアンジェロを前に、頭の片隅で素早く計算する。心に生まれたしこりを取り除き、納得感をもって仕事に臨ませるためには、どこから入ってどう落とすべきか。もちろん、フロンタル個人への信頼や思慕が欠けないようにしなくてはならない。
「『彼』のことが気に入らないのだね。……セルジ少尉の件かな」
 まわりくどすぎるのも良くないが、かといっていきなり核心に踏み込むのも得策ではない。命を落とした青年には悪いが、とっかかりとしてはこのくらいがちょうどいい。
 そう判断したフロンタルの言葉に、アンジェロは少し自問する様子を見せた後、小さく首を振った。するりと入り込めた感触に、内心薄く笑って先を促す。
「惜しいことをしました。まだ新人でしたが、素直で誠実な、見込みのある男で……ですが、戦場で命を落とす可能性は敵味方問わず等しくあります」
 その後に続いた「わたしの慢心は否めませんが」という呟きには抑えきれない悔しさが滲む。良識的で面倒見がいいこの青年は、基本的にはバランス感覚の良い優秀な上官だ。
 ……だからこそ、フロンタルが絡めばたちまち不安定になるところがより愛おしい。
「それについては、おまえたちのほうへと撃たせてしまったわたしに非があるか。《ガンダム》でなければ撃たせはしなかっただろうが……」
「そ、そんな! 大佐が、そのようなこと……」
 責を引き受けて見せれば、弾けるように顔をあげる。
 
 ——ここだ。
 
 両手に少し力を入れて、包んだ頬を遊ぶように軽く潰した。小さな動揺の声をあげたアンジェロの心の中へと、一息で踏み込む。
「では、協力関係を求めたことへの反発かな」
「そ、れは……ッ」
 取り繕う暇はなく、アンジェロはありありと嫌悪の表情を浮かべた。素直な反応に満足し、アンジェロの引きつった頬を左の親指でそっと撫でる。思わず笑みが深くなるのは隠しようがなかった。
「正直でよろしい。……あの機体のコクピットハッチを開くのにどれだけ骨が折れたか、おまえは知っているね」
「それは……はい」
「『箱』へと至る道標、鍵だという話だったが……一筋縄ではいかん機体だ。生体認証がかかっている可能性もあるし、プログラムの解析も難航するだろう」
「は……あの……」
 穏やかに説得を続けながら、形の良い唇をなぞって戯れのように軽く押したり捏ねたりを繰り返すフロンタルの指先に、アンジェロの目元がうっすらと染まる。初心な反応はいつ見ても可愛らしく、どれだけ触れても飽き足りない。
 声で頭に、指先で心に。異なるアプローチを続けることで、その身を覆う棘をゆっくりと取り払っていく。……もう少しだ。
「あの、大佐、」
「彼……バナージくんが我々に協力して、鍵を開いてくれるのが最も手っ取り早い。違うかな?」
 ふっくらとした花びらの内側に指を滑らせ、ことさらにその柔らかさを楽しむように愛撫すれば、アンジェロの眼差しが一際甘く溶けた。
 そのまま軽く指先を喰まれて、誘う動きに愛しさがこぼれる。どうやら機嫌を直してくれそうだ、という安堵で一瞬気が緩み、ふ、と小さな笑いが漏れた。

 ——フロンタルにしては、珍しい失敗だと言えた。

 我に返ったかのような表情で身を引いたアンジェロが、フロンタルから距離を取る。最後の最後で気を抜いた己に内心溜息をつきつつ、小さく首を傾げてみせれば、向けられる視線の湿度が増した。
「ヤツの価値観では、大佐の目指す世界を共に見られないように思えましたが」
 異議を唱える声音には不満と嫉心が色濃く滲む。理屈ではなく、感情が折り合わないのだろう。
 だが、口にするまでもなく、『フル・フロンタル』という男はアンジェロただ一人のものだ。
 アンジェロ以外のすべての人間の前で、男は『シャア・アズナブル』で在り続ける。退室時のバナージ・リンクスが改めて確認してきたことで、その有用性は裏打ちされたのだから。
「かもしれんな。そのためにこの身がある。この顔も、声も、作らせたマスクも、『赤い彗星の再来』という二つ名を最大限活かすためのものだ」
 アンジェロの形の良い眉がぴくりと上がった。
「……理念に共感できなくとも、大佐ご自身に心を奪われれば、裏切らない駒になるだろうと?」
「……おまえはどう思う?」
 『赤い彗星の再来』だからこそ自分のもとに集った、有象無象の駒たち。『サイド共栄圏構想に伴うスペースノイドの自治独立』を真に理解し共感している人間など、おそらくそう多くはないだろう。バナージ・リンクスにも、ハリボテのこの身は有効だとは思わないか?
 自嘲も交えて口角をあげたフロンタルを見て、アンジェロの表情が大きく歪んだ。

「……ならば! その役目、わたしがいたします!」

 ————何?

 きつく眉を寄せて、任せてほしいとばかりに力強く胸を叩いたアンジェロに、フロンタルはマスクの下の目を瞬かせる。
 ——何の話をしている?
 『赤い彗星の再来』の役を演じられる人間が、現状フロンタル以外にいるわけがない。『フル・フロンタル』はそのために用意された特製の器だ。
「アンジェロ?」
 真意を質そうと呼びかけたフロンタルの困惑は、アンジェロの次の言葉でさらに深まることになった。
「虜にすればいいというのであれば、隊にわたし以上の適任はおりません!」
 ——だから、何の話をしている?!
 とんでもない方向に飛んだ話に眉を寄せ、ここまでのやり取りを高速で反芻する。かけ違えたボタンがあるはずだ。……バナージ・リンクス。『箱』。『鍵』。協力、理想の共有、赤い彗星、フル・フロンタル————
 ——これか?
 弾き出された仮説に、まさかと小さく首を振る。赤い彗星の再来ではなく、フル・フロンタル個人としてバナージ・リンクスに興味を持ち、配下に加えたがっている……と誤解しているとしたら?
 見ればアンジェロは先ほどまでのほの甘い清廉さからは一転、ぞくりとするほどの妖しい色香を身に纏っており、思わず小さく息を呑んだ。
「待ちなさい、アンジェロ」
「あんな……あんな、筆おろしも済んでいないような小僧など」
「アンジェロ」
「籠絡するのは、わけもな」

 ——その先を言わせるわけにはいかなかった。
 
「アンジェロ!」
 思わず鋭い声で制したフロンタルに、目の前の青年はうっとりと浮かべていた淫靡な笑みを凍りつかせた。
 たとえ策略のための誘惑だとしても、彼に迫られて抵抗できる男などいるわけがない……と考えるだけで、胸を不快な何かがせり上がるのを感じる。いい歳をして、ひとまわり以上も年下の恋人への独占欲に濡れた表情はさぞかし醜いことだろう。仮面を外していなかったのがせめてもの救いだと、フロンタルは自嘲を込めて小さく息を吐いた。
 見ればアンジェロはすっかり色をなくし、微かに震えてフロンタルのブーツの先を見つめている。一瞬、強く諫めすぎたかとの思いが頭をよぎったが、過去に縋るような行為を容認するわけにはいかなかったので仕方がない。
 ……とにかく、自覚の足りないフロンタルの天使に、正しい言葉を伝えなくては。
「ヤキモチを焼くおまえは愛おしいが、行き過ぎは毒だな」
 甘くて熱い感情は、フロンタルには心地よくても、放っておけばアンジェロ自身を骨まで溶かす。自傷の毒を飲まぬよう、よくよく言って聞かせなくてはなるまい。
「あ……あの、……」
 何かを言おうと口を開くも、うまく言葉にならず唇を戦慄かせるアンジェロに手を伸ばし、制服の袖のカフスから覗く手首を掴んで引いた。小さな驚きの声とともに、バランスを崩したアンジェロの身体がフロンタルの腕の中に転がり込んでくる。
「た、大佐」
 焦って身を起こそうとするしなやかな肢体を、離すまいと抱き込む。腕の中からは華やかな薔薇の甘さがふわりと香り立ち、鼻腔を優しく擽った。軽やかで気品のある柔らかな芳香が肺を満たす。吐く息と共に、丁寧に言葉を紡いだ。
「不安にさせてしまったな。もっとたくさん伝えていかなくてはいけないね」
 困惑の色をたっぷり乗せた長い睫毛が、ぱちぱちと忙しなく上下に動く。戸惑う腕の中の天使、その柔らかな銀の髪にくちづけをひとつ。
「…………??」
 例えるならば、クエスチョンマークを頭上にたくさん浮かべたような空気の中、おずおずとアンジェロが問いかけてくる。
「お、怒って……いらっしゃらないのですか?」
「怒っているように見えるのか?」
 小さく笑って聞き返せば、アンジェロは困ったような表情でフロンタルを見上げてきた。まったく、誤解なくわかりあえる『人の革新』とやらが、どれだけ虚しい夢物語であるかの証左だな……と、内心小さく苦笑する。
「怒ってなどいないよ。ただ、わたしの大切な薔薇を蔑ろにしようとしたことは看過できんな」
「あ…………」
 目元に、頬にと優しく唇を押し当てれば、アンジェロの瞳が大きく見開かれ、青ざめていた頬にうっすらと血色が戻った。ここから先は甘やかすターンだ。フロンタルにとってアンジェロが唯一無二の存在であることを、しっかりわからせていかなくては。
「……まあ、そうさせてしまったわたし自身には少し腹を立ててはいるがね。怖がらせてしまったのならすまなかった」
「そんな、大佐」
「わかっているだろうが、あんなことを言ってはいけない。いまのおまえは、わたしだけのために咲く花なのだから」
 見上げてくるアンジェロの目元はほんのりと朱に染まっており、まさにほころびかけた薔薇の蕾だ。清廉でありながら仄かな色香を纏う表情に、たまらないなと溜息をひとつ。
「おまえはあまりにも健気がすぎて、なにをしでかすかわからないからな。気が気ではない」
 無茶をしないように、きちんと言い聞かせておかなくてはね。
 冗談めかした台詞に続けて、何かを言いかけたアンジェロの唇をそのまま塞ぐ。
 驚いた色を浮かべたアンジェロの瞳が、直後にとろりと溶けるのを確認して、フロンタルはキスの合間に言葉を紡いだ。
「おまえ以外をそばに置く気はないし、おまえ以上に誰かを信頼する気もない」
「もちろん、おまえ以外に口づけるつもりも」
 ちゅぷ、と濡れたリップ音に混じる、鼻から抜ける甘い吐息。軽く抱いた腰がもじもじと小さく揺れるのを可愛らしく思いながら、唇を離したフロンタルはアンジェロの耳元でことさらに低く囁いた。
「おまえ以外と夜を共にするつもりも、ない」
「………………!!」
 腕の中の肢体がひときわ、大きく震える。
「納得したか?」
 くすりと笑いながら髪を優しく梳いてやれば、耳まで赤くなった天使がふるふると震えて口を開いた。
「た、大佐は、意地悪です…………!!」
「ほう。どうして?」
「だって——」
 ぎゅ、と唇を引き結び、悔しげな眼差しを向けてきたアンジェロの両腕があがり、ゆるりとフロンタルの首に巻き付く。そのまま軽く背伸びをして近づいてきた形の良い唇が薄く開いて、ちろりと覗く舌が艶めかしくフロンタルを誘った。
 
 ——これはまずい。
 
 普段は固い蕾だが、ひとたび開けば匂い立つ妖艶な薔薇がフロンタルの恋人だ。シャイなアンジェロの積極的な姿勢はなかなか見られず嬉しくもあるのだが、ここで流されて事に及んでしまうのは少しばかりもったいない。
 巧みに引き込まれた舌先に甘く歯を立てられ、明らかに熱を持った下肢をぐいと強めに擦りつけられて、くちづけながら苦笑した。あまりに若く性急だ。盛り上がりと勢いを良しとする青さは眩しくもあるが、大人はもう少したっぷりと楽しみたいわけで。
 恥をかかせぬよう、男にしては細い腰を強めに抱いてやる。おまえの気持ちは嬉しい、という意思表示だ。期待に満ちた指先が首元のホックをはずしにきたのを感じたところで、やんわりとその手を押し留めた。
「ここまでだ、アンジェロ」
「………………」
 長い睫毛に縁取られたアメジストの瞳が、不満の色を湛えてフロンタルを見上げてくる。「《ガンダム》の様子を確認するのだろう? 行きたまえ」と促せば、諦めたようにため息をついて俯いた。
「……失礼いたしました。仕事に戻ります」
 このあたりの切り替えは、軍の中でもトップクラスの鮮やかさだ。少し乱れた髪を整え、深呼吸をひとつして目を開けた時には、アンジェロはもう『フル・フロンタル親衛隊長』の顔をしていた。
 敬礼をして入口の扉へと向き直ったすらりとした背中に、フロンタルは再度声をかける。
「今日は業務の報告をゆっくり聞こう。夜、、わたしの部屋まで来なさい、、、、、、、、、、、、」
 振り返ってその言葉を聞いたアンジェロが、数度の瞬きの後ふわりと笑うのを見て、正しく伝わった、、、、、、、という実感を得る。
 
 入口の扉が大きな音を立てるのを耳にしながら、フロンタルもまた執務机の前へと戻り、積み上がった書類へと手を伸ばした。